M&Aの交渉がまとまり、DDも無事に通過すると、いよいよ最終契約の締結へと進みます。
この段階でオーナー様が最も関心を持たれるのは、やはり「最終的な譲渡代金がいくらになるか」という点でしょう。
しかし、ここで本当に大切なのは、表面上の売却価格そのものだけではありません。
その売却価格から国に納める税金や諸経費を差し引いた後、最終的にオーナー様個人の手元にいくらの現金が残るかという手残りです。
M&Aの手法や契約書の文言一つで、税金の額や代金を受け取るタイミング、あるいは直前での想定外の調整リスクは大きく変わります。
今回はアドバイザーの吉田が、塾売却における税金対策の基本と、代金受け取り時に後悔しないための7つのチェックポイントについて詳しく解説します。
目次
これまでも譲渡スキームの違いに触れましたが、税金の面においてこの2つのスキームは全く異なる性質を持っています。
これを知らずに交渉を進めると、最終的な手残りが目減りしてしまう可能性があります。
個人経営の塾を譲渡する場合、そのまま事業譲渡するよりも、一度法人化してから株式譲渡した方が全体の税負担を劇的に抑えられるケースもあるため、初期の構造設計が極めて重要になります。
もし塾が法人であり、株式譲渡を選択できる環境にあるならば、売却代金の全額を「株の譲渡対価」として受け取るよりも、一部を「役員退職金」として会社から受け取る形にした方が、手残りがさらに増えるケースがあります。
日本の税制において、退職金は長年の勤続を労う意味合いが強いため、他の所得に比べて極めて優遇されているのが特徴です。
例えば、全体の価値としての売却総額が同じ5,000万円であったとしても、すべてを株式の売却代金にするのではなく、買い手企業と合意の上で「2,000万円は前オーナーへの役員退職金として塾の口座から支払い、残り3,000万円を株式譲渡対価とする」といった内訳を契約書に明記しておくことで、最終的な手残りを節税により増やすことが可能になります。
中小規模の塾M&Aにおいて、売却代金は「決済日に一括で指定口座に振り込まれる」のが原則ですが、買い手企業からアーンアウトという条件を提示されることがあります。
アーンアウトとは、売却代金の総額5,000万円のうち1,500万円などをあらかじめプールしておき、「譲渡後1年間の生徒数が〇名以上を維持できたら支払う」「次の春期講習の売上が目標を達成したら追加で支払う」というように、譲渡後の業績に連動して後から分割支給する仕組みです。
個人や中小の買い手トップが自らの買収リスクを抑えるために提案してくることがありますが、売り手オーナー様にとっては以下のリスクがあります。
もちろん、残金分の支払いだけでなく、より良い状態で譲渡を受けたので譲渡額を上乗せしてのお支払いとする場合もございます。
一概に買い手を有利にするためにアーンアウトを設定するばかりではございません。
売り手買い手ともに納得できる条件としてご提案されるケースもあります。
最終交渉の段階で、買い手と激しい議論になりやすいのが「引き渡し当日に、塾の口座に現金をいくら残しておくべきか」という実務的な問題です。
塾の運営には、日々の経費支払いや、講師への直近の給与支給、家賃の引き落としなどのための「運転資金」が必要です。
この調整を曖昧にしたまま最終契約を結ぶと、引き渡し当日に「残高が足りない」「想定より現金が抜かれている」と大きなトラブルに発展します。
一般的には「譲渡直近の月謝収入の取り扱い」や「必要最低限の運転資金額」を日割り等で計算し、契約書上で明確に「〇〇万円を残す」と定義しておくことが多いです。
弊社では最終契約段階での交渉だけでなく、募集段階でどのような資産状況で譲渡するかをアドバイザーと相談し、その上で募集を開始することがほとんどです。
学習塾の財務において、一般的な会社と異なる最大のポイントが「前受金」の存在です。特に「年間教材費」や「春期・夏期・冬期講習費」を数ヶ月前に一括で保護者から徴収している場合、個別指導でままある通常月謝・季節講習の未消化指導分の取り扱いについて、M&Aのタイミングによってはそのお金の清算を巡ってトラブルが発生することがあります。
例えば、1月に年間教材費として生徒から集めたお金がある状態で、3月にM&Aが成立した場合、その教材を使って実際に指導を行う=サービスを提供するのは、3月以降の新オーナー体制です。
買い手からは、「売上だけ前オーナーが受け取って、その後の指導のコスト(講師への給与や教材の配送実務)を新オーナーが負担するのは不公平だ。未経過分の前受金は売却価格から差し引くか、口座に残していってほしい」と要求されます。
これが事業譲渡の場合ではより問題となりやすく、債務を引き継がないことから、新オーナーが履行する義務のない債務なので意識から外れることがあります。
債務を引継ぐ必要がなかったとしても、顧客には関係なく、払った金額分のサービスを求められます。
こういった事態にならないよう、譲渡日までに振替指導分の返金か消化しきるための案内を顧客に行うことや、残る未指導分の売上を精算いたします。
この前受金の清算ルールをあらかじめアドバイザーと整理し、契約書に落とし込んでおかないと、クロージング直前で譲渡額への反映という形で解決することになりかねません。
最終契約書に判を押し、いよいよ引き渡し当日を迎えた際のお金の動きにも細心の注意が必要です。
M&Aの手続きにおいて、お金が振り込まれるタイミングと、塾の経営権(株式や印鑑など)を引き渡すタイミングは、手続きの行き違いを防ぐためにも同時履行で行われなければなりません。
実務上は、売り手と買い手、解釈の齟齬を防ぐため、以下のステップを厳格に踏むのが一般的です。
「手続きの関係上、明日必ず振り込まれるので、先に印鑑だけ預からせてください」といった口約束をそのまま受け入れてしまうと、万が一システムエラーや融資実行の遅延が起きた際に、経営権の所在が曖昧になる実務上のトラブルに発展します。「着金確認が先、引き渡しが後」という鉄則を徹底することが、円滑なバトンタッチを終えるための最後の防衛策です。
塾M&Aの成約は、マラソンで言えば競技場に入った「最後の1マイル」です。どれだけ良い買い手を見つけ、生徒や講師の未来を守る約束を取り付け、買収監査を乗り越えても、最後の契約書に書かれる「お金の条件」と「税務の処理」を間違えてしまえば、創業者としての引退資金に大きな影響がでてしまいます。
税金の計算や最適なスキームの構築、そして前受金や運転資金の細かな調整には、M&Aの実務に精通したアドバイザーや税理士の視点が不可欠です。
「うちの塾の場合、今の体制で売ると税金はどれくらいかかる?」
「 暗に買い手から前受金の減額を要求されたけれど、どう交渉すればいい?」
そのような具体的なお金の疑問についても、私たちが提携する専門家チームと共に、あなたにとって最も有利でクリーンな着地点をご提示いたします。人生をかけたバトンタッチの成果を1円も無駄にしないために、ぜひ最後まで妥協のない防衛策を立てていきましょう。
この記事の著者

M&Aアドバイザー 吉田諭
首都大学東京都市教養学部機械工コース(東京都立大学 システムデザイン学部 機械システム工学科)卒業後、大手教育系企業、建材メーカーを経て、株式会社インフィニティライフに参画。学習塾M&A事業のアドバイザーとして、80件以上の学習塾案件を支援、30件程度を成約に導いた。
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